現在のUSインディー/エモ・シーンにおける重要バンド、Pinegrove (パイングローヴ) が、5作目となる最新作『11:11』を〈Rough Trade〉から2022年1月28日にリリースしました。
バンド自身がプロデュースを手がけ、デス・キャブ・フォー・キューティーのクリス・ワラをミキシングに迎えた今作でも、エモーショナルで温かみのあるサウンドは健在。現在という瞬間を曲に反映させ、パイングローヴとリスナーが同じ時代に生きているということを感じさせる作品に仕上がっています。
前作『Marigold』の発表から2年。4年間住みながら音楽制作も行っていたNY北部の家屋「アンバーランド」から引っ越したり、スタジオ・ライヴ・ベスト盤『Amperland, NY』(2021年)を発表したりと、大きな転換期を経てのリリースとなった『11:11』。彼らの住むアメリカではパンデミックに加え、人種差別抗議運動、大統領選挙、気候変動問題とめまぐるしく社会が動いた時期でもありました。フロントマンのエヴァン・スティーヴンス・ホール(Vo/G)とともに激動の2年を振り返ります。
読書家としても知られるエヴァンの2021年のお気に入り書籍紹介もインタビューの最後に掲載しています。是非お楽しみください。
質問作成・文:indienative、通訳:青木絵美
インタビュー収録日:2021年12月7日
自分の中にある様々な感情を発散させる何かを必要としていた時期だった
――前作『Marigold』からのこの2年間は世界情勢的にもバンドにとっても変化の多い時期でしたね。
エヴァン(以下、E):とにかく激動と波乱の2年間で、まるで10年のように感じられるね。この2年間が僕にとってどのようなものであったのかということの解釈が、今回のアルバムでうまく表現できていればいいと思う。パイングローヴの音楽に馴染みのあるリスナーたちは、過去の作品以上に政治的な姿勢や雰囲気があるということに気づくんじゃないかな。
その理由は、政治的な考えと、それ以外の、個人の人生というものの間の隔たりがなくなってきているからだと思うんだ。少なくともアメリカではそうだと思う。アメリカ国民の多くは、政府の決定事項―それが国民を考慮したものでも考慮していないものであっても―が、自分たちの生活に大きな影響を与えるということに気づき始めたんだよ。
――今作『11:11』の制作のきっかけや制作時期について聞かせてください。
E:去年3月に『Amperland, NY』を完成させてから、また新たにスタジオアルバムを作ってみたいと思ったんだ。パンデミックという困難な状況で制作されたにも関わらず、比較的速いペースで完成させることができたよ。自宅に篭りっきりでギターを弾いて過ごしていた時間が多かったせいか、特に作曲はハイペースだったね。
それに自分の中にある様々な感情―アメリカ国民が政府によって守られていないという現状に対する想い―を発散させる何かを必要としていた時期だった。当時のアメリカはBLMなどの公民権運動も盛んで、非常に目まぐるしくて濃厚な時期だったからね。
1曲目の「Habitat」は2014年か2015年に書き始めたもので、アルバム『Cardinal』(2016年)時代のBサイドとして作られたものだったんだ。5年以上前からのアイデアを再考したりして、最終的には6ヶ月以内で作品を完成させることができたよ。
――前作まではホームレコーディングでしたが、今作はパイングローヴが初めて、いわゆる「スタジオ」という施設でレコーディングしたアルバムとなりました。ウッドストックのLevon Helm StudiosとマールボロのThe Buildingという2つのスタジオを選んだ理由は?
E:ホームレコーディングの方が好きなんだけど、今は集合住宅に住んでいてホームレコーディングができないからスタジオを借りることになったんだ。Levon Helm Studiosではドラムやピアノなど、アコースティックの楽器をレコーディングしたよ。「Habitat」の最後の部分はLevon Helm Studiosでレコーディングされたもので、まるでアコースティックギターの中にいるみたいな感じがするんだ。
実際、釘を一切使わない木組み工法の建物だからアコースティックの楽器と似ているよね。もう一つのThe Buildingはジャム用に借りたスタジオなんだ。この2つのスタジオを選んだ決め手は、どちらも大きなリビングルームみたいだったから。両方ともコントロール室がなくて、1つの大部屋なんだ。
Levon Helm Studiosに関して言うと、あのスタジオは、アメリカのルーツ・ロックやフォークの伝統を重んじる人たちにとっては、神聖な場所なんだ。僕が今住んでいるウッドストックでは、リヴォン・ヘルムとザ・バンドはレジェンドとして捉えられている。背景を知らない読者に説明すると、リヴォン・ヘルムは、ザ・バンドと言うバンドのドラマーだった人で、ザ・バンドは、一時期ボブ・ディランのバックバンドだったんだ。
ボブ・ディランがエレクトリック音楽を始めたときにザ・バンドが彼のバックで一緒に演奏していた。だから、アメリカのフォーク音楽の歴史の一部を象徴しているバンドのメンバーによるスタジオなんだよ。そういうレガシーの一部になれたということはとても素晴らしいことだと思う。
――クリス・ワラとのミキシング作業はいかがでしたか?
E:クリスとの作業はとにかく楽しかったよ!親しみやすくてフラットな感じの人だから、僕たちも威圧感を感じることが全くなかった。デス・キャブ・フォー・キューティーの活動だけでなく、作曲者として、プロデューサーとしての彼の作品も大好きで昔から尊敬していたんだ。クリスとの作業がなぜあそこまで上手くいったかというと、今までのパイングローヴの録音を手がけてきたサム・スキナーと同じで、クリスも自分が所属していたバンドの音楽をプロデュースしてきた経験があるからだと思う。
バンド活動や、クリエイティブなコラボレーションというのは何でも、その場にいる人全ての、心理的・社会的な力学が大きく関わってくる。クリスはそういったバンドのダイナミクスについて非常に繊細だったし、バンド外の人を制作に加えるということの意味をよく理解していたよ。それに加えて、クリスは美意識的な優先順位についても僕たちと共通するところが多々あった。
全11曲のミキシングを2週間で仕上げたから短期間だったね。今思えば、その倍くらいの時間をかけても良かったと思うけれど、結果に満足していないというわけじゃ全然ないんだ。全てのアルバム制作は学習のプロセスだし、後悔は全くないよ!
単に楽観的な曲というものは作りたくない。苦労を認識しているからこそ、楽観主義という概念を得たという文脈にしたい。
――「orange」、「alaska」、「11.11th hour」は気候変動問題、「respirate」、「habitat」はコロナ禍を連想させる歌詞で、同時代性を強く感じさせる楽曲が多いという印象を受けました。
E:僕が目指しているのは、「この曲は〇〇についてなんだ」という主張よりも、11曲がお互いに対話できるようなコレクションにすること。曲を通して、気候変動問題や新型コロナウイルスというトピックにフォーカスしたいというよりは、世界で起こっているそれ以外の様々な事情の一部として取り入れたいと思っただけなんだ。
それに、アルバムには、個人的な感情を表現している場面もある。そういう要素も、他のトピックと共存できると思うから。単なるスナップショットみたいなものなんだよ。
――社会、政治への怒りやフラストレーションといった内容の歌詞の一方で、ゆったりとした温かいサウンドが多いのが特徴ですが、歌詞とサウンドのバランスについては意識していますか?
E:歌詞とサウンドのバランス取ることに関しては、確かに意識的にやっているよ。僕は物語を語ろうとはしているけれど、その物語は必ずしも時間軸に則っているわけではないし、起承転結が毎回あるわけでもない。僕が取ろうとしているバランスは雰囲気によるものが大きいけれど、曲の感じがシニカルになり過ぎていると思ったら、もう少し楽観的な要素を加えて、バランスを取らなければいけないと思う。その逆も然りだ。
僕たちは、常に感情から感情へ移行を続けている。つまり純粋な感情というものは存在しなくて、様々な感情が入り混じっているということ。だから、単に楽観的な曲というものは作りたくないんだ。苦労を認識しているからこそ、楽観主義という概念を得たという文脈にしたい。たとえ、「全てはハッピーで世界は美しい」と歌っても、それは物事の半分しか捉えていないことになる。
そこにはあまり信憑性が感じられない。「そんなことを歌われても、僕や僕が大切にしている人たちが、今まで経験したことや、見てきたことは見過ごされているじゃないか」と思ってしまう。だから僕は「問題定義をした上で、何らかの解決策を提案する」という文脈にしようといつも努めているよ。
――パイングローヴは以前から環境問題への取り組みに積極的ですが、意識するようになった決定的な出来事はありますか?
E:これといった決定的な出来事はないんだけれど、今まで様々な事情を見てきて、詳細を調べたりしていくうちに、地球の今後の方向性というものに違和感を覚えるようになったんだ。特に、僕たちが選んだリーダーたちが、何の課題も解決しようとせずに、利益を追求するために地球を破壊し続けていることに対して強い疑問を抱くようになった。
実際に僕たちが環境のためにできることが何かというのを理解し、その提案を理解すればするほど、環境問題に取り組むと主張している政治家たちとの間に大きな間があるということに気づいたんだ。非常に不穏なことだと思う。率直に言うと、民主党は、彼らに与えられた、限られた期間の中でこの問題を解決しようとすることを完全に放棄しているんだよ。
アメリカの政治を追っていない日本の読者に説明すると、アメリカには2つの主流政党があって、1つ(=共和党)はビジネス至上主義で本当に酷い政党。労働者や移民の権利に反対していて、お金を何よりも最優先している。そして、もう1つの政党(=民主党)は、そのライトなバージョンなんだ。共和党とほぼ同様の方針を掲げているけれど、共和党よりソフトで優しい伝え方をしている。元々、民主党が政権を握ったとき、僕たちは環境問題について多少の前進が見られると期待していた。だけど、民主党は毎回、何かしらの理由をつけて環境問題への対応ができないと言ってくる。
最近では、国際的かつ草の根的な活動が州単位で盛んになっているね。僕が現在関わっているのは、電力や水道の公有化を推進するというニューヨーク州の取り組み。公有化によって、企業は化石燃料を採掘しても利益に繋がらなくなる。ニューヨーク州でこれが実現して、さらに人々の公共料金が安くなるのであれば、他の州もそれを取り入れたいと思うだろうし、アメリカ全国に広がる。また、良いのか悪いのか、アメリカは世界に対しても強い影響力を持っている。そういう方法で、ニューヨーク州が環境問題に取り組んでいるリーダー的存在になれたらいいと思っているよ。
――今後の活動について教えてください。バンド活動以外に、大学院で学ぶことにも興味があるそうですね。
E:いずれは大学院に行って、英文学を学びたいと考えているよ。もしくは文学全般かクリエイティブ・ライティング(文芸表現)。今でもそうしたいと思っているけれど、コロナが起きたことで僕の予定も乱れてしまった。それにまだ楽曲があるから、アルバムをもう1枚レコーディングしたいと思っているんだ。だから本年度は受験しないけれど、いつかは大学院へ進みたいな。まだはっきりとした予定はないけどね。
エヴァンの選書
ここ数年、エヴァンは自身のInstagramで「去年読んだ本リスト」を投稿しており、2021年に読んだ全57タイトルが先日発表されたばかりです。今回はその中から特別に5冊をピックアップし紹介してくれました。
E:去年たくさん読んだのは、カズオ・イシグロの作品。彼は日本生まれだけど5歳のときにイギリスに移住したから、日本のみんなには興味深いかもしれないね。初めて読んだ彼の作品は『The Unconsoled(充たされざる者)』。とても奇妙で、迷宮的で、独特の雰囲気があって、精神が錯乱しているような作品なんだ。主人公は音楽家なんだけど、彼が熱にうなされた夢をずっと見ているような感じ。『The Unconsoled』はおととし読んだ作品で、去年は『An Artist of the Floating World(浮世の画家)』、『The Remains of the Day(日の名残り)』、『A Pale View of Hills(遠い山なみの光)』を読んだよ。
『A Lesson Before Dying(ジェファーソンの死)』 (アーネスト・J・ゲインズ 著)
主人公はアフリカ系アメリカ人のティーンエイジャーで、無実の罪で死刑宣告をされている。本の大部分は、主人公の先生が刑務所にいる主人公を尋ねるというものなんだけど、その街の人物というのも何人か出てきて、アメリカの人種差別というものを、心温まるユーモア溢れる形で捉えているんだ。遊び心も多少感じられるんだけど、人種差別をそんな風に扱うのってすごく難しいことだと思うんだよね。作者は、僕たちが考えるべき深刻な問いを、ときにはものすごく笑える形で、ときにはとても美しい形で、皮肉な形で投げかけてくる。それをものすごく巧みにやっているんだ。衝撃を受けたよ。その後ゲインズの他の作品を2つ読んだけど、彼はハズレがないね。
『Capitalist Realism(資本主義リアリズム)』 (マーク・フィッシャー 著)
フィッシャーはイギリスの文化理論の研究者で音楽やポップ・カルチャーについての文章を書いてきた批評家。この本では芸術を創作する上での文化的状況について述べている。また、その国や地域の経済制度が、人々が創作する芸術に反映されていると。特に印象的だった点がいくつかあって、1つは資本主義が反資本主義の感情をいかに巧みに吸収しているかということ。彼は(ディスニー映画の)『WALL-E(ウォーリー)』という映画を挙げて説明している。映画では、アメリカの資本主義や消費主義、際限ない資本の拡大に対する批判がなされているけれど、映画を観に行った人は『WALL-E(ウォーリー)』を観ただけで何か良いことをしたような体験をして映画館を後にする。でも、実際のところは、映画を観るためにチケットを買って、今日一日の良い行いを達成したような気分になっている。だからもう何もする必要がないと感じてしまっている。その点にはすごく興味を引かれたね。
2つ目は、精神衛生面(メンタルヘルス)についての対話を政治レベルでできるように制度を再構築していく必要があるということを書いていて、とても説得力があった。現在の世の中には、うつ病や不安などの精神障害の発生率が非常に高くなっている。そんな状況において、僕たちが取り組むべきこと、疑問に思うことは、個人の生理的要素ではなく、充実性が感じられないライフスタイルや心配性を助長してしまうようなライフスタイルに貢献している社会であると彼は主張している。週に40時間、もしくはそれ以上働くことで、家族との時間を奪われ、常に働いていなければいけない安賃金の労働者で、他の生計の手段が一切ない人はどうなるか?そんな人は間違いなく鬱病になるだろう。このような問題は、社会的な問題として取り組む必要がある。フィッシャーの資本主義への批判の仕方が、新たな観点から捉えていたのが面白かった。
『No One Is Talking About This(※未邦訳)』(パトリシア・ロックウッド 著)、それとヴァージニア・ウルフのあまり読まれていない作品で、犬の視点で書かれた自伝(笑)の『Flush(フラッシュ:或る伝記)』も読んだ作品として加えたいね。